

国定公園に指定されている「巌門」。
険しい断崖と荒々しい波は、能登金剛を最も象徴する光景。中でも巌門は代表的。浸食により、ぽっかりと開いた洞門の向こうには見果てぬ海が広がり、岬の頂には老松が茂る。強い大自然の技は、どれも挑むような姿を見せてくれます。

平成13年に巌門をくるっと散策できるよう架けられた橋である。形状が美しく記念撮影するには最適な場所。

能登二見とも呼ばれている美しい二つの岩。志賀町にはこの機具岩の様に、不思議な言伝えがあり、土地の人々に崇められている岩がたくさんあります。


日本最古の木造灯台。
慶長13年(1608年)に日野資信が持ち舟の安全をはかるため断崖上でかがり火を焚いたのが始まりで、明治43年、旧福浦村営の灯台になるまで、日野家代々の手で守られて来た。
港が栄えた頃遊郭が軒を並べ遊女が、恋しい人がとどまるようにと、海が荒れるように地蔵さんに腰巻を巻いておがんだと言われており、又「野々雨情」の歌にも、「能登の福浦の腰巻地蔵はけさも出船をまた止めた」とある。

小説「ゼロの焦点」に描かれて有名なヤセの断崖。悲劇のヒロインを想いここを訪れるファンも多い。そんなヒロインの運命を悲しく美しく謳っている松本清張の歌碑は巌門にある。ファンならずともぜひ訪れてみたい。

平家は、徳川幕府の天領地十三カ村を支配した大圧屋でした。能登の守護、畠山氏の家臣・平武部太夫の子孫と言われ、総面積が6000坪にも及ぶという広大な屋敷を有しています。その中にある庭園は、石川県の指定文化財となっており、江戸時代中期に作られたと言われています。室町時代や江戸時代の様式を伝える名園であり、のどかな屋敷周辺の雰囲気や四季それぞれの風情に浸りながら、古き時代を偲ぶことができます。

富来を知るには作次郎を読むべし。「能登はやさしや土までも」の風土に育った作次郎は大正中期の文壇で、「世の中へ」などの名作を残した。作品の大半は故郷の事を描いたものである。今、彼の故郷に建つ碑には「人は誰でも、その生涯の中に一度位自分で自分を幸福に思う時期をもつものである。」という言葉が刻まれている。

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